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2007年10月 3日 (水)

安全を、信じるものは救われる......のか?

数ある商品から、一つを選ぶ時
私たちは、そのイメージで選んでしまうことも
少なくありません。

しかし、命に関わる選択を
イメージのみで判断して良いものでしょうか。

『記者の目:BSE全頭検査は税金の無駄=小島正美(生活報道センター)』 毎日新聞

そうです、その根拠なしに
私たちは、全頭検査という幻想に
安全神話を見出しているのかもしれません。

それは、本当に危険なのは何で
安全なのは何なのか?

国家(あるいは国家間)を挙げての大騒動の割に
明確に、伝わってこないからです。

「全頭の検査する」ということに、安全を
担保しているとしたら、それは著しい誤解です。

消費者として、本当に知らなければならないのは
何を、どのように検査しているか
それはどのように標準化し
その正当性を、誰が(どこが)監督しているか
というプロセスではないでしょうか。

検査の観点と、方法によっては
全頭検査の必要があるかもしれませんし
より少ない頭数の検査で、済むかもしれません。

安全に根拠があるのであれば
私たちは、その検査に要する税金を
惜しむべきではないでしょう。
安全が買えるわけですから。

しかし問題は、国家が
根拠なき、国民の情動に
委ねてしまっていることに起因します。
全く、本末転倒です。

外交の問題でもあり、流通の問題でもあり
さらには安全の問題に関することは
国は、国民に対して本当のことを説明する
責任があるのではないでしょうか。

街の牛丼店に、牛丼が蘇ったのは
比較的、最近の話です。
なぜ、牛丼が遠ざかっていたのか
私たちは、ともすると
その理由を忘れてしまいます。

ことは食品だけではありませんし
生産地が海外か、国内かに起因する話ではありません。

安全を犠牲に、安さを手に入れる私たちでなければ
その安全とは何か。
何を持って、安全を謳えるのか。
そして、その判断材料は十分か。

国家に頼れない以上、耐えず
アンテナを張っておく監視体制を持ちたいものです。

――余談ですが、毎日新聞のサイトが変わりましたね。

http://mainichi.jp/

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