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2007年11月21日 (水)

食育と、食糧自給率と

先日、この場で書いた記事『 食育は何のために?』
bossnooneさんから、コメントを頂きました。

(bossnooneさん、いつもありがとうございます)

同コメント内に、返礼しても良かったのですが
長くなりそうだったので
改めて、一つの記事として書くことにしました。

bossnooneさん
以下、コメントの返信とさせて頂きます。
 
 
 
私も、食糧自給率に対しては
長期的に取り組んでいく必要があると思っています。

ただし、私は
食糧自給率ありきの食育というよりも
食育ありきの食糧自給率と考えています。

つまり、食糧自給率は
後から付いてくるもの。

食育は、私が思うに
以下の要素から
構成されていると考えています。
 
 
 
■教育
  味覚、食べ方(作法、マナー)
  食品の安全性を学ぶ機会

■文化
  人間としての楽しみ
  既存文化の広がりや間口を知る糸口に
  新たな原動力へ(新たな文化、発想の提供)

■地産地消
  郷土の理解(地理、特産、文化)
  ミニマムな流通過程からの学び(経済、トレーサビリティ)
 
■環境
  汚染・破壊による食糧供給の危機
  温暖化による食料生産(捕獲)地の変化
  フードマイレージの考慮

■食料自給率
  地産地消による供給リスクの低減
  国際的物価高からの影響を低減
  安全性(健康)の確保(農薬、保存剤等)
 
 
 
購買の決定権は、消費者にありますから
いくら、御上が叫んでみたところで
消費者の意識が変わらなければ
食糧自給率は上がらないでしょう。

つまり、食育とは
以下に消費するかを学ぶ場(あるいは入口)と
定義して良いのではないかと。

食糧自給率は、結果にすぎません。
結果を変えるためには
その過程を変えることが先立ちます。

もちろん、政策を持って
ニーズをコントロールすることも、できるとは思いますが
市場原理への政策の持ち込みは
あくまで、切り札として発動すべきです。

仮に、政策で逃げたとすれば
諸外国から、厳しい圧力が向けられるでしょう。

長期に渡って、徐々に侵略された
日本の食を復興させるためには
まず、消費者の資質を育てるというのが
私の考え方です。

 

 

やっぱり、長くなった......。

というわけですので、bossnooneさん
また、よろしくお願いします。

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